---ふあ--あ。
新年の日差しのさす小春日和の日本庭園で、俺は欠伸をしながらあばら屋めいた建物の警護をして居た。
今まさにこの小さなあばら屋の中で、女神が「ご友人と二人だけのお茶会」を開いている。表向きはそうだが、二人だけでなくお互いにSPが同席しその実態は高度に政治的な会談だ。
この「チャシツ」という小さな部屋は、カミュに言わせると「ワビサビ」の結晶らしいのだが、だいたい超高層ラグジュアリーホテルの敷地内庭園にわざわざ庭や小道を造り、小屋を造る理由が解らん。警護の手間も増えるしな。
だがここには殺気はない、あるのは緑にあたる日差しがつくる柔らかい冬の木陰だけだ。
平和な年明けになりそうだ…そう思いながら俺は、東屋を一周して、欠伸をした。
---- 睦月 ---
結局俺たちはクリスマスの後、フランス、イタリア、そしてバチカンでは寄付を約束し、あまつさえギリシャでは元海皇に会ってまで外交をこなす女神に率いられ、西へ西へと廻り、女神の外交にSPとして付き従った。
緊縮財政が叫ばれていても、社交は欠かせない。当代の女神はそのあたりの感覚に非常に長けていた、元海皇であったジュリアンにさえ、お義理でも微笑みかける程には。
…いやおれにもちょっとぐらい世界情勢ぐらい解るよ?
でもいいんだ、ギリシャ人は昼寝さえ出来れば幸せなんだ。と、自国民の筈なのにその程度しか思っていない。まあセレブは大変ってことだな。そしてやっと、女神の祖国である日本で俺たちはクリスマスシーズン最後の警護にあたることになった。
日本庭園内はパーティ会場とは違い目立ってはならない。
俺は薄いグレーのスーツに紫のタイ。薄い色のついたサングラスという出で立ちでホテルに泊まっている観光客の振りをしながら、周囲の動向、爆弾の設置、不審者などに眼をくばらせながらなるべくのんびりと歩く。
向こう側から歩いてくる男は多分同業者だ、武道を身につけた身のこなしは、やはり仕立てのよいスーツを着て隠していても解る。
特に避ける必要もなかったが、接近するようにでもできているのか、飛び石の間はなぜか狭い。なんだこれは…と思ってやっと日本建築の意図を理解した。不審者が武器を携帯して近寄れない、あの掘建て小屋じみた「チャシツ」には武器携帯で入室できない、それがルールなのだろう。外でも余計な争いを起こさぬように出来ている。
すげえな...流石ニンジャの国...とおれはちょっとわくわくしながらその男とすれ違った。ゆったりとしながらも緊張を解かない男はすれ違い様にすっと躯を横に避けて日本語で何かを言う。
「お見それ致しました。本当に丸腰とは。手前はまだまだですね。お通りください。姐さん方の会合がつつがなきよう願います。」
よくわからないが道を通してくれたらしい、ふうん…殺気や相手のレベルが解る程度には訓練された輩、ってわけか。少々裏の世界の匂いもするがこちらに悪意はなさそうだ。
『まあたいした事がないようだし、おつかれ。』と俺は軽く手をひらひらして会釈した。きっちりと頭を下げられた日本式挨拶、ちらりと見た男の後ろポケットには小さな黒い財布に模した銃身がちらりとみえる。そっちのほうが気になるなあ、世界最小の銃身をもつスミスウェッソンのM60、どうせ俺には要らないものだし今回は友好的に済みそうだが、一度ぐらいああいった名銃を触ってみたいもんだよなあ...これって男の夢じゃん…?
…などと考えていると。「チャシツ」の扉が開いて、会合が終わりを告げた。
丸腰が基本であるチャシツの扉が開けられ、にじり口と呼ばれる妙な狭い出口から、四人の女性がひとりずつ出て来る。狙撃の格好の機会であるから俺も注意していつでも飛び出せるように用意をしておく。ま、銃弾なんて光速以下だけれどな。
まずは客である女神の友人のご登場だ、衣紋のぐっと開いた徒な黒紋付に絵羽織の裾をたぐり、背筋も正しくすうと出る様に隙はない、一般のセレブリティと変わらないよう地味にしているがジャパニーズマフィアの風格たっぷりである。
続いて招待した女神が出てくる、新春らしい灰梅と呼ばれる落ち着いたピンク地に花々が大きく散らされた大振り袖が若々しさをだしているが威厳ある佇まいに笑顔を浮かべ、その後二人は談笑しながら歩き始める、談合が上手く行った事が伺い知れた。
さて、おつぎは例の「姐さん」のSPだった、おそらく何かの格闘技をやっていた女性だろう、女性にしては大きい上背、すこしいかつい体格に錆色の渋い着物、そして周囲の安全を素早く観察しながらすぐに上司に付き添うところなどかなりの手練だ。
最後は女神の護衛の者だ。出て来た瞬間隙のない所作に目を奪われた。
上背の高いその姿は、射し込む緩やかな冬の光に映えて、無彩色な周囲にぱっと色が咲いたかのようだった。 少なくとも俺にはそう見えた。
着物の地は銀鼠でおちついて居ながらも、控えめに散らされた紅梅柄の振り袖と燃えるような紅い髪よりも少しだけ抑えた朱色の帯が白い頬と髪色を引き立て、立ち居振る舞いにもう一度眼を奪われる...いや、さっき見て少しは知ってたけどさ。こんなに似あうとは思わなかった。
---えーとまあ、カミュなんだなこれが。
白銀の魔鈴も日本人だからこういう場でも良いのではないかという意見もあった、素手の相手などたかが知れている。だがどうしても仮面を外せない事情では無理で、今回の護衛のうちの一人から人身御供を出す事になったんだ。勿論カミュはもの凄く抵抗したが、時間が無いため無理矢理女神に説得された。だいたい俺は下見に来たときににじり口から入れなかったんだ、何だあの狭さは?
女神も相手に対する駆け引きは解っているらしく。
「護衛ならば背の高さは問題ないわ、着物なら体格も隠せるしもし男性だと疑われても、SPなんて何処でもそんなものよ、言い通せばよいわ。とにかく密室につきそう人手が必要なの。体格に似あう振り袖を仕立てさせたから、着て見なさいカミュ。今回私を守るのは貴方なのよ。」
とかなんとか言って、無理にこうなったのだった。というか完全に乗り気だった。
チャシツを出たカミュは急いで女神の側に付き添おうとしたが、慣れないゲタで転びそうになり、とっさに支えた躯はいつもと同じ筈なのに、なんだか初めて逢った日本のレディのような気がして心臓がどくりと音を立てた。
それは香をたきしめてある着物のせいかもしれないし、すこしだけ誤摩化すためにした薄い化粧のためかも知れないが、俺のちょっとだけ動揺した気持ちはどうも伝染したらしい。だが、まだ勤務中だという顔をしてカミュは俺の手をぱっと振り払い、ことさらに真面目な顔をし
「履き慣れないだけだ、私はすぐに女神に付き添う。」
と、いって早足で追い越して行った。
あはは、でも、可笑しい。
なんか子供のころに戻ったみたいに照れてしまった。
そういえば聖域に来た初めてのとき。
俺はお前の性別が解らなくて戸惑ってしまった経験があったっけ。