ぎりぎりと
わたしのくびをしめあげる
節くれた、長いゆび
ああ、いっそ
このまま逝ってしまえたら
---- てのひら ---
大きなてのひらからのびる十本の指は、男らしくごつごつと長くふしくれて、でもどこか繊細な形をしている。そんな彼の指がすきだった。
子供のころは、どちらの手が大きいのかを、よく比べあったものだった。もみじのようなてのひらをあわせ、背の高さとともに意地になって競争した。どんなにしても私の方が負けて、くやしくてたまらなかったけれども。
その小さなあたたかい手は、人の中に交じったり話したりするのが苦手な私を、外の世界につれだそうとして、いつも手をぎゅっと握りしめて走っていた。あたたかくちいさくふっくらした感触と過ぎ去りゆく聖域の四季を私は鮮明に覚えている。だから私は彼の手に安心して、人の輪の中に入る事ができたのだった。そのままつかれて寝てしまっても、ぜったいに放そうとしない、汗ばんだてのひら。
小さな拳は常に訓練によって傷つくことが普通になってゆき、お互い修行のあとは擦り傷や胼胝がたくさんできた。突き指なんてしょっちゅうだったし、ミロの腱がおかしくなったときには私が冷やしてやったことも覚えている。
いつからかその拳はすこしずつ硬く大きくなり。
ある日、その指は私にそっと触れると小さく震え、びくりと引っ込められた。その時は、ああ、やはり私の技は異質で、やはり、このあたたかいてのひらには受け入れられないものなのだろうかと、自分でも理解できない諦めとちくりした胸の痛みがはしるのを感じた。
が、次の瞬間。同じ指がせつなげな瞳とともにこちらを見て、その腕が震えながら私を抱きしめた。私の背に廻されるすこし大人っぽい指を一本ずつ撫でながら、ゆっくりと指を絡ませていくと。ただ触れただけのゆびさきから、躯全体がわけもなくじんじんと痺れていった。あわせただけの皮膚の表面が蕩けてしまったかのような感覚とともに、胸の痛みは消えてしまい。かわりに、私の胸はわけもなく熱く痺れていった。
その後、戦闘の時に誇り高く掲げられるようになったお前の指先は、狙う獲物を逃がさず、苛烈なほど真っすぐで美しい技を放った。だが、技を構えるその姿に見惚れるいっぽうで、いったいその指が今夜どれだけ私を優しく扱うのか、その感触を想うようになり、そんな自分を持て余す。
案外に器用な指は、ときに、簡単な食事を作ってくれる。私がぐったりと欲情の果てに漂い、惚けていても。朝食を食べさせてくれるようになったとき、既に私はとろける卵の黄身やあまいジャムの味と共に、彼の十本の指のすべての味を知ってしまっていた。武骨に見える親指がわたしの顎を優しく掴み、人差し指は私の口を静かにこじ開ける。次第に彼の指が触れぬところは無くなり何処を触っても、どの指かなにを意味しているのかすら解るようになった。
激高した彼が私の肺の空気を奪っていく。
今の私には痛みは感じない、だが、やっと聴こえる耳で、お前の荒い息と、苦悩する心を感じている。じっさいのところ、お前の心が痛い方が辛いのだ。
馬鹿だな、ミロ。今の私には痛覚がないというのに。
ぎりぎりと締め上げられる首筋。本当なら甲状軟骨を叩き割れば、もしくは気管を締めてしまえば、すぐに私の息など止められる筈。
そのようなこと戦闘の基本なのに、両側の頸動脈を締め上げるなど、いったい何を考えている。まったく、何を逡巡するのか。こうして、お前の気配を感じている時間が長引いてしまうだけではないか。
その長くふしくれた指が好きだった。もっとこうしていたいのに。
ちからなく落ちる手の音と、肺に酸素がもどる感触がする。
お前はきっと忘れてしまっているかもしれない。
以前はよく、ベルベットの目隠しで私の視界を覆い、行為をおこなったものだった。いちどき、おまえはふざけて、やさしく、わたしの頚を締めながら行為に到ったことがあったな。
視界が遮られ手足の拘束を受けた状態で首筋に受ける圧迫感と、躯を自由にされる感覚は、なぜか目隠しされているというのに、お前の存在の輪郭がいつもよりも鮮明に私に迫り、いままでの行為よりもより深く近くにいるように感じられた。首筋を押さえる指の感触と、既にぬるぬると湿った、敏感な屹立の先をざらりと撫でられる脊髄を駆け上がる快感と、例えようも無い悦楽の相乗作用が、電撃のように体中を走り抜け、いままでに感じた事のない深いつながりに、私はとめどない愉悦の呻き声をあげる。
下肢に打ち込まれる楔を私の内部がきつく締め上げるのを感じながら、同時に刺激を受けた分身は激しく屹立し、自身の体の激しい反応に恐怖さえ抱く程だった。甘く、柔らかい苦痛と、それ以上の圧倒的な悦楽の狭間で私は翻弄され。その行為に深く溺れていった。
おまえは、妙に人を気遣うところがあるから、そんなわたしの様子にとまどって、くるしいのかと勘違いをし「だいじょうぶなのか?」としきりに私の唇に嵐のような口づけをそそいだが、そのときの自分はまるで壊れてしまったかのように、なんどもなんども絶頂を迎え、ベルベットで隠された闇の奥からでも、お前の興奮が透けて見えるようなこころもちさえしたのだ。
狂ったように幾度も果てた私はやがて快楽の抜け殻のようになり、しかし、それでもおまえを感じていたくて、ともすれば力が抜けそうになる手で太い首筋を抱きしめ、擦れた声で、おまえに無理を言う。「わたしの両手を、おさえてくれ。おまえから離れられないように」と懇願すると。ミロは私の腕を頭の上に貼り付け、全体重をかけるように深くへ分けいってきて、さらに私は狂気のように快楽をねだったのだった。
私を支配するお前の指をずっと触っていたくて、指のいっぽんずつを這うように触れては確かめた。あわせた手からもっと深く繋がっていたくてたまらなくて、焦点の合わない瞳で何ども痙攣を繰り返した。その頃にはもはやほとんど記憶はなかった、それでも、その指を絡める事をやめたくはなかったのだ。
長く、繊細で、ふしくれたその指に支配され、翻弄される事を望み。
私はその行為を、その後も幾度もねだった。
なんと欲深い躰なのだろう。
ああ、ばかだな。こんなことをしては、あの時のことを思い出してしまうばかりではないか。真っすぐなおまえは気がついていないかもしれないが、私は聖衣を着ていることを今ほど感謝したことはない。おそらく自分の一部は確実に反応していることだろう。
ふ、このようなことを考えるのは私だけでよい。
これだけは神にさえ告白できない私の秘密。そんな考えを抱いていること、おもっていること、それは、女神にたいする不遜だろうか、背徳だろうか。それでもいい、絡めた指の記憶はもう解かれないのだから。
泣き崩れるおまえの指をとって舐めてみる。その手はきっと涙と汗で塩辛いのだろうな、と想う。既に舌にはなんの感覚も無く、味さえせず、知覚すらない。だが、お前の味も、指の感覚も、既に、私の躯は全身で記憶している。
その指を撫でながら、なんども、思った。
ああ、いっそこのまま
あのときのように、わたしは。
おまえの手で絡めとられたまま、逝って、しまいたかった。
FIN
2012/9/29
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