なんという放埓な清廉。見事に嬉しい裏切りをやってのけた艶やかな紅い髪をミロは見ている。あの場所には似合わぬ、どこかのVIPの付き添いのようなお硬そうな少年を、といっても自分も同じぐらいの歳なのだが--。一晩からかってやるつもりが、どうやら自分まで本気になってしまったらしい。素直なさらりとした髪、整った顔立ち、そしてそれとは裏腹にどこまでも敏感な身体の魅力。そのすべてに既にどっぷりと嵌まってしまっている自分に気がつく。


 カミュはといえば、とろりと快楽に融けた脳髄から、流石に意識を取り戻しつつあった。眠ったふりをして観察した横の男は、洒落たシャツを着崩したときよりも、早朝の日差しに逞しい胸板を晒している朝の方が若干幼くみえたが、豪奢な金髪が光に映えるのを目にすると、冷静な目で見ても魅力的な男だった。一夜限りの遊びのなんたるかを充分心得ている、それにもかかわらず、私の存在に自分のペースを崩されているのが見て取れた。

 気障な夜の出会いと違って、彼もまた完璧ではなかったことが、愛しいと思う気持ちを刺激していた。

 だが、愛しい?そんなことをいままでの相手に感じたことがあっただろうか。自分が寝ていると信じきって、ゆっくりと頬を撫でる彼の節くれた長い指の関節が、私を手に入れたいと囁いている、主義に反して一夜限りのラブアフェアで終わりたくないな、という気持ちがお互いの心に芽生えているが、青年期のプライドの故にうろうろと着地点を探していた。


 ミロが慣れない手つきでコーヒーを入れ、渡してくれる。私はそれをいかにも寝起きを装ってぎこちなく受け取り、ゆっくりとその芳香を味わう。

 こんな風に知り合った二人が、関係を作っていこうなどと考えると、どうしたらいいのか解らなくなるものだ。そこで解る、躯だけの関係ならば、躯への興味としがらみさえなければ誰にでもできる。だが、その先の関係はどうするのかを、私たちは知らない。

「これから、どうする?」

 俺のプライベートジェットで送るよ、などとは、彼にも云えない。単なる暇を持て余した通人ではなく、ミロも一般人には云えない方法で来たのだから。

 カミュだとて嘘をつかざるを得ない、そこで微笑んでこう応えるのだ。

「私のことを気に入っているオーナーが居る、帰りは一緒にクルーザーに乗せてもらうから大丈夫だ」

 そういいながらも、カミュはもう帰り支度をしている。

「そうか、良かったな」

 そんなことをいいつつもミロは気がかりでならない。むしろ嫉妬の小さな炎が自分のなかに沸き上がるのを見て、愕然とする。

 そいつとはどういう関係なんだ? 今度、いったいいつ逢える? ああ、でも莫迦ばっかりやってきた俺がこんな気持ちに苦しむなんて、仕方がないんじゃないだろうか。

「では、愉しい夜だった」

 そういって出て行こうとする肩を船室のドアの前で掴む。昨日とは立場が逆転していた。カミュの横顔は、もういつものように、クールに『同じ男との情事は一度でいい』と云っているが、もうこうなったらなりふり構っちゃ居られない。ミロは慌てて、紅い瞳に云う。

「来週の、週末も待ってる。絶対に」

 私が去り際に意味深に微笑んでみせると、こんどはミロが赤面する番だった。彼の様子には昨日みせた余裕たっぷりの遊び人の様子など微塵もなく。初めてのデートに誘うティーンエイジャーのようだった。躯つきからも実際そうなのだろう。だとすると、自分が晒してしまった痴態と天秤にかけたら、彼が自分に強い関心をもったことで今夜はちゃらだろうか、などと考えながら、帰途につく。帰ってから、落ち着くためにウォトカを煽り、次に着ていく服は彼に見合うもので無ければ。などとぼんやりと考え、クロゼットを引っ掻き回す。そしてその行為の意味を考えて愕然とする、またもフラッシュバックした彼の手の優しさ、可愛いと思ってしまった心理、自分の全てを見せてしまった恥ずかしさにいてもたっても居られなくなる。


 だが、面倒な知らせは突然にやって来る。新教皇が儀式に出席しろという、放埒な夜を過ごしている間に、シベリアには時空を超えた書面が届いていた。

 招集だと?ふざけるな。あのどこの誰とも知らない男に会えるのは週末だけだというのに。そんなことで苛つく自分も滑稽だとおもって苦笑し、もう一杯ウォトカを煽った。この感情には熱量はあるが組成と質量が不明過ぎる。やっていられない。

 

 だが、自分の星にも逆らえない事をカミュは充分識っており、仕方がなく週末は聖域に赴く。そして、いつもの仏頂面で、何と無くいらいらと教皇の謁見にたつと。並んだ聖闘士は5人に満たなかった。

『---またか。』

 常に参集している、魚座、蟹座、山羊座を除き、自分の知っている顔は無かった。教皇の小宇宙は隠されたまま儀式はすすんでいく。こんな事なら来なければ良かったと心がざわめいている。

 その中を、かつかつと聖衣の靴の音を響かせ、なんとなく、知ったような小宇宙が教皇の間に入ってきた。

「蠍座、只今帰還致しました。」

『---誰だ?』

 蠍座は逢った事すら無かった、宮の雰囲気は知っていたが、勅で留守の時が多いようだった。だが、あまりにも良く知った人間のような気がしてならない。本当は顔すらあげてはならない教皇の間で、天蠍宮の主の顔を見ようと、そっと横目で見て私は我が目を疑った。輝く金髪に動揺し、もの凄い速さで脈打つ動悸を押えるのに必死だった。 強い、と感じたのは小宇宙だったか 。彼も一驚いたように一瞬虹彩を開いたが、その後は『威風堂々』とでもいうべき顔つきに戻り勅の報告を述べた。彼が配置につき、その後教皇の訓示が終わるまで、何がどうなっているのかわからず。ときにその金髪の影を見ては、触れたいという気持ちを抑え、だが絶対に悟られないように、静かに片膝をつき、下を向いていた。まるで初めてのとき、天井のしみを数えたように。


 すべてが終わり、黄金聖闘士たちは散り散りに去っていった。彼らは教皇を始め、皆、自分の技、小宇宙を知られる事を好まない。だが私はそれを押してでも逢いたい人物がいた。彼も同じだったようで、宝瓶宮の前で、輝く聖衣に人影に夕日が反射し、つよい風にマントがたなびいて、面倒くさそうに豊かな髪をかきあげて石段を降りる私を見ていた。

 じっと待っていたその瞳に、なにを言っていいか解らず。

「存外似合うな、あのときの格好も似あっていたが」

 と、声を掛けると。彼はあの朝コーヒーを不器用につくったときに見せた顔に戻って。気取る事も無く、偉ぶる事も無くやっと普通に笑って云った。

「俺は本当はこんな仰々しい格好はきらいなんだ」

「だが、まともな聖闘士にみえるぞ」

 すると、彼は照れて笑い、視線があった瞬間、秘密を共有する者だけがもつ悪戯っぽい表情をした。すこしずつ肩が揺れ、最初堪えていた笑いが、だんだんと声を出した爆笑になっていった。私も可笑しくなり二人で涙が出る程に笑った。

「ははっ!あんなところで逢うとはな!」

「信じられない!」

 ひとしきりの笑いの発作が済み、彼はまたあの船室の中で見せた縋るような真摯な顔をして云った。

「お前は、今夜もまたあそこにいくのか?」

「…ん、迷っている」

 そんなことを言っている意固地な自分に嫌気がした。駆け引きなど、本来はあのような場所でやるものだ。本当は行きたくもない。どうしても認めたくはないが、逢いたかった男が目の前にいるだけだ。だが突拍子も無さ過ぎて理性が付いていかない。

「なあ…。」

 一度言い淀んで、そこで、意を決したように蠍座はいう。

「これからは俺だけではだめか?」

 その言葉があまりにも必死で、愛しくて。たった一回寝ただけで簡単に宗旨替えするなど私はいったいどうしたのだろう、などと自問自答する。ミロが『俺も本当はあんなところあきあきしていたんだ』とぶつぶつと言い訳をいっているところもなんだか可笑しくて。

 自信満々に見えたその顔の横から、聖闘士でもなく遊び人でもない、照れた小さな少年が透けてみえた。


 その瞬間決めた。

 わかった。お前は私だけを見ていればいい。

 いや、そうさせてやる。

 だから、一度寝た相手とはもう寝ない。お前以外は。



Fin




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2013/6/15

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