カミュは行為の最中なかなか声を出さなかった。
だから、ふとした時に漏れた声が脳裏に蘇るとき。
みっともないけれども、俺は涙を堪えるのに苦労する。
---- 涙 ----
『師匠という立場を崩す訳にはいかない。』
お前はそう言って、有言実行とばかりにすぐに行動に移した。
だからいつも俺がシベリアに行った時には、ほんの数時間しか居られなくても弟子達を優先し、風呂に入れ、食事をつくり、少しだけギリシャ語や物理法則について簡単に復習し、そのあと寝かしつける。そして何度も何度もあいつらの寝室を覗いて寝入ったのを確かめてから、やっと俺の腕のなかに収まってくれるんだ。
「…逢いたかった。」
幼い彼らの前で自らを律しているからか、逢瀬の時間の限界を解っているからか、抱きしめた腕の中のお前は驚く程奔放でさえあり、師匠然とした昼間の顔と宵闇の下の艶めいた表情との落差に俺は翻弄されっぱなしだった。
太陽の恩恵の薄い此の地で、お前の肌は更に透明になった気がする。
俺はオアズケをくらっていた動物のようにその白い躯を開き耳朶、首筋、鎖骨、肘の裏がわを舌でなぞり食べ尽くす。
さいごに奇麗な爪ごと指の腹をねぶるように舐めると、お前の蕩けた視線の下の小さなくちびるから、やっと、声にならない熱い息が漏れる。
片方の指を口に含んだまま、乾いた手を奇麗な胸筋がついた胸板に伸ばすと、すぐさま触られるのを待ちわびていたかのような尖りを見つけ、俺はきゅうとそれを甘く捻る。胸の尖りは外気が寒いからだけではない、その証拠にその躯はすでにうっすらと甘い汗をかきはじめ、びくりとしなやかな腰が反りかえる。
始めのうちは、お互い行為も手探りで、俺は快楽に溺れ喘ぐ声が聴きたくて闇雲にお前の快感を追いかけていたが、次第にそうではないと解ってきた。
胸と腹を愛撫したあと、局所をわざと避けるようにして滑らかな太腿に手を伸ばし、脚を抱え上げては何度も何度も皮膚に触れるか触れないかの所で指を行き来させる。
するとお前のつま先はその度に痙攣して宙を舞い、紅い足指の爪の残像が網膜を揺さぶる。その手は快感の中枢に触れて欲しいと乞うように俺の指をとって指先を舐める。
上半身を快楽の苦悩にもどかしくよじらせながら、うっすらと涙を溜めた瞳がすこしだけくやしそうに、潤んだ熱をたたえて俺を見上げる。
ずるいな、と自嘲する。そんな目をされたら簡単にその瞳に引き込まれてしまうじゃないか。
そこまでの二人の行為は全くの無言だ、お互いの欲望はよく解っている。
それでも俺は屹立したお前の渇望を見下ろすだけで何もしない。
いや、もったいなくてできない。その涙をもう少し見ていたくて。
だから、躯を屈ませて、ちいさく痙攣をはじめた臍から鼠径部までを時間をかけてゆっくりと舐めあげ、なめ下ろす。
ざらりとした舌の腹で、わざと、周りだけを。
そのころになるとカミュ自身からは透明な液体が溢れ出し、俺は垂れてきたそれをいかにも美味しそうにゆっくりとすべて舐めとる。
でも、触るのはまだ根元だけだ、敏感な所には決して触れない。
そのまま唇に移動するとお前の甘い舌が激しく俺の口内をまさぐり求め、ついに息が続かなくなったところで、濡れた唇の間から切なげにこう言うんだ。
「おね...が...。」
その渇望が何かなんて、無粋なことは訊ねない。
燃える色の髪をうち震わせ、自分の前に何もかもさらけ出し乞い願う恋人をただ愛しいと思うだけだ。
だから俺は、黙って柔らかい欲望の切っ先に祈るように口づけ、強く吸いながら全てをのみ込む。
「---ん----ああっ-----。」
必死に抑えていながらも、耐えられず漏れた喉からの旋律は。
その瞬間を待ち望んでいれば居る程に、焦らせば焦らす程に。
いつも甘くて優しくて、俺の鼓膜を心地よく揺さぶったんだ。
なあ、カミュ。
もういちど、お前の声が聞きたいよ。
おいつめあって、焦らしあって、とろとろにとけあった。
あの瞬間が懐かしくてならないんだ。
はは、こんな事ばかり思い出してしまうなんて
女々しいと笑われてしまいそうだな。
そして俺は墓石に花を一輪投げ。
夕暮れの地面にキスをした。
了
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2012/2/28