Milky Way




 

「逢いたいな。」

それは、一度浮かんでくるとなかなか消せない感情だ。

「今月は帰れない」と冷静な声で告げた、つれなきアクエリアス。

 だが、師という立場からは仕方ない、考え抜いて言ったにちがいない言葉は重かった。


 実際、あいつと関係を持つまでは。年の若い侍従から、娼館の女。押えきれない性欲に顔も忘れた関係も数えきれない程あった。

 あの、欲情の果て、情熱の果てをみつけてしまうまでは。

 そんなところが、若い、と言われてしまう所だろうけれども。


 その晩も俺は、寝る前の儀式の様に祈る様にその「行為」をして居た。だってそうだろう?好きな奴がいたら、抑えなんて効かない、それに、あいつ以外のところで発散するなどと俺の主義に反するし、なによりカミュが嫌がるだろう。

 くそ、いつもどって来るんだよ、と思いながらベッドの中に潜り込み、滑らかな髪がするりと滑った枕の匂い、その残り香がすこしでも残っていないか嗅ぎ、局所に手を滑らせる浅ましさ。

 今度、来たときには。死ぬ程啼かせてやる。いや、腰がたたない程にしてやる。でもきっと目の前にしたら、その繊細な精神と強靭な肉体との完璧な調和に惚れ込んでしまった俺は、きっと震えてしまってそんなことできやしないんだろうな。恋をしてしまうと悟る、あーあ。俺って意外と純情…そう思い、さくっとヌイて、寝ようとおもったその瞬間。


 驚いた事に、その相手から。夜中に、声がした。


 実際には直接。頭の中に。小宇宙で。

 俺にだけわかる微かな周波数。


 ----ミロ、海岸に来い。


 それは、まぎれもなく「今月は来られない」と冷静な声で告げた、薄情な想い人の小宇宙だった。『連絡ぐらいしろよ!』そう、焦りながら、俺は息せき切って、透き通った水と、月夜に照らされた、白い海岸に駆けていった。この欲望をかくすバスローブを急いで手に取って。


 『泳いできた』そう、カミュは言った。

 ざぶりと、砂浜に打ち上げられた躯は。満月に照らされた彫刻の様で、それでいて満天の星空と月の光を纏った様に、きらきらと飛んでいる。纏った水滴が、発光している様に見えた。その紅い髪は、月光に照らされて常よりも燃える程に紅く、そのまつげから、髪から、身体中のすべてから真珠を集めたような海の露がしずくのように垂れ。その鋭い瞳は欲情を隠しもせず。俺の瞳をじっと見て、心臓を正確に射た。

 

 灼熱の太陽の熱がまだ残る、砂の裏の暖かさが、足指の間にじわじわをこそばゆく侵入していく。まるでいつのまにかお前が心の中に巣くってしまったように。おれは、こそばゆい足の砂を除けながら。ゆっくりと、こちらの動悸を知られないように、答えた。

「息せき切ってどうしたのだ」

「今夜は何日か知っているか?」

「いや 七月七日。まあ語呂がいい日だが、それがどうしたのだ。」

「東洋の神話で、引き裂かれたベガとアルタイルが、この日だけミルキーウェイをわたって逢うことが出来るということを聞いた。ベガは天帝の娘でもあり、織物の達人であるらしい…。」

「だからなんなのだ」

「考えてもみろ、私たちがなにかに引き裂かれなければならない、ということはない、そういう結論に達した。何か異論は?」

 カミュはそう言って、悪戯げに、ふ、と笑った。


 莫迦かお前は、勝手な理屈を並べて、もしも教皇に見つかったら厳罰を受け、師匠としての立場を失う。

 それでも…それでも。そんな、童話のような恋物語を律儀に気にして、自分をの我を通して。本当に莫迦だな、だが、お前のそんなところが好きでたまらない。

「今はまだ、七月七日なのか?」と訊ねるカミュに。

「いや、まだ日は越していない。」

 よかろう、もしなにかあって厳罰を受けるなら俺が引き受けよう、なんとか言い訳して。お前でないほうがどんなに俺の気が楽か。そこまで惚れている事も知りはすまい?いや、お互いそうなのだろうか。ここまでの路はどんなにか困難だっただろうと想い、カミュに海路を訊ねた。すると謳うように答える。

「そうでもない、ベーリング海までは冷たかったが、途中で鯨の親子の歌を聴いた。鯨は航海しながら旅の歌を歌う。時速100km前後しか出せない海域での潮流は激しかったが、親子は旅の歌を歌っていて、暖流でであった魚たちと、遊んだ歌を楽しげに永く吼えるように語っていた。私はそれを聞き、北大西洋を抜けた、そこからは光速でも問題無く、アイスランドを横目に見ながら、地中海に入った。ここは潮流も楽で、私も鯨の歌を真似して来たぐらいだったぞ。」


 月夜に濡らされ、一見、何事にも動じない顔は、一体何に飢えている? 俺に逢った嬉しさで晴れ晴れとしているが、瞳はなにかに餓えているようで、きっとおれもそれは同じで。

 なんだか、鯨と泳いできたお前が可愛くて愛しくて堪らなくて。最後まで言葉を紡ぐ唇を塞いで訊ねた。


「氷の聖闘士は鯨とも話ができるのか。」

「いつのまにかな、何となくだが。」

「俺の考えている事までわかっていたのか?」

「さあ、知らない、おまえの考えている事が一番わからない。私は私の望むままにきただけだ。欲するままに。」

そして、妖艶、とも思える表情でこういう。

「いっただろう?私たちがなにかに引き裂かれなければならない、ということはない。それがたとえ距離でも、規則であったとしても。」

カミュはそう言って、ふ、と笑った


「で、一体なにをしにきた。」

一応訊ねる、すこしの間を置いて。直截的な答えが返ってくる。

「お前に、抱かれに。」

 ずん、と、その甘い言葉は下半身に響いた。たしかに、愛と欲望など、己の理性ではどうしようもない。


 その躰にはすでに欲望の印が屹立しており、それは俺も同じで。

しゅるりと取られ、開かれたバスローブの下を見て、カミュはふっ、と嗤った。

「なんだ、おまえもではないか。」


 俺は、この真っ直ぐな、どこまでも真っ直ぐな欲望に対して。

ひれ伏して足指にキスをし、ゆっくりと立ち上がるしか出来ない。だが

それが俺だけに向けられ、体力の限界に近くやってきたのかとおもうと、熱くなる、胸が、体中が。

 しかし、常に俺はそのガニュメデスのような肢体を、立てなくするまで愛撫したいと思う、理性では押えきれない。普段、放心したおまえは、大抵半日はたてないだろう?

それでも。いいのか?俺はこういうことには容赦しないよ、例え聖域の意向だとしても。お前が満足で意識を失うまで愛するに違いない。それでもいいのなら、仰せのとおりに。


「明日の朝までには、戻る。氷河も寝ている時間だ、解らないだろう。

そして、わたしは職分を果たしているぞ。異論はあるまい。」


 たしかに、そうではあるが。

 それほどに飢えたそぶりを隠しもしないお前を見たのは初めてだったから、俺は戸惑い尋ねる。


「どうした、突然。」


 すると、突然自分のしていることの衝動的な突発さに気がつき、照れたように、夜目にもわかるほど顔を赤らめ、お前はいう。

「…わからない、どうしたことか…お前のことを常に考えている、莫迦みたいだ、この私が。」

 その瞳は情欲で湿っていた。なんという淫蕩な純粋。その踵に再度口づけをして誓う---。『一瞬たりともお前を忘れたりはしない。』と。


では、仰せのままに。








Fin




back

2014/7/6