私がシベリアに戻る日。
いつものことだが、皆、それぞれに挨拶をしてくれた。
シュラはぽんと肩を叩き。デスマスクはすこし離れてひらひらと手を振った。
アフロディーテはにっこりと本当に大輪の薔薇のように微笑んだ。
Dildo 3 ---side Kraken---
だが...あの馬鹿スコーピオン...。ミロは。
「カミュ、これ!餞別!」と。
能天気な笑顔で例の化粧品のような箱..を渡してきた。
私は内心むっとするが、皆の手前普通に受け取る。
あの天真爛漫にみせかけた98%嘘の笑顔で、どれだけ周囲が騙されているのだろう。
と、思いながら箱を受け取り。開けずに荷物の中に詰め込む。
だが、黄金聖闘士なんてだれでも似たり寄ったりだ...。
笑顔や美貌や寡黙さの下に沢山の秘密や嘘や...残忍な狂気を隠し持っている。
まあ、そんなことはどうでもいい。私はこれから弟子の育成に専念する身。
お、なんだ?と興味をもつ、アルデバランの素直な反応がいたたまれない。
「流石に親友だな。俺はみやげなんて忘れていたよ!すまんな!!せっかくだから開けてみればいいのに。」
「ありがとう、アルデバラン。見送りにきてくれた気持ちだけで充分だ。」
豪快に笑いながらいう彼の言葉をなるべく丁寧にうやむやにし、自称親友殿の方に向き直る。
...絶対にこんなもの...開けるものか...!
大体...こんな処で渡すなどどうかしている。
私の腹の中は煮えくり返っているが、もちろん表情を崩さずクールに礼を言う。
「ありがとう。ミロ。」
「...俺がいなくても、寂しくないだろ?」
ミロはぼそっと耳打ちして、にやりと笑う。
なにを言ってるんだ...この..馬鹿---!!
そう思った瞬間ふと、気がついた。
お前は、そういう奴だ。
格好をつけたがるくせに。周りの空気を和ませて馬鹿を気取る。
そんなミロの振る舞いに不安定な心が少しだけ励まされる。
だから私のような不器用な人間でも一緒にいて心地いい。
寂しさが減るわけではない、が。少しだけ緊張がほぐれ。
私は任地へと向かった。
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ごうごうと極寒の東シベリアにブリザードが吹く。
聖闘士になる前はただ、必死に修行だけに専念していれば良かった。
しかし、弟子を取ってシベリアで生活すると、また別の困難が待ち構えていた。
弟子の食事、体調管理、聖闘士として躯をつくる訓練メニュー...さらに
極寒の地で困難な衣服や医療品の調達。
もしかしたら、今の方が修業時代より大変かもしれないなどと苦笑しながら、乾燥した薪を割る。外では弟子二人が組み手の練習をしている。
冷えた躯をあたためて筋肉をほぐさねば、と。私は急いで湯を沸かし、頃合いを見計らって氷河とアイザックを風呂に放り込む。
「休憩も訓練のうちだ。暖まったらしっかりと筋肉をストレッチしろ。」
と、告げると。
「はい、カミュ先生!」
という元気な声とともに、元気に頷く二人のきらきらと透き通った瞳が私を見る。
そう、あの頃は二人ともまだまだ子供だった---。
氷河が来て、三人で暮らすようになってから。
そろそろ五年目になろうとしていた。
「...ごちそうさまでした。」
夕食のシチューを食べたアイザックは黙ってすっと席を立つ。
このところアイザックは食事を食べるとすぐに部屋に入ってしまう。
私はあえて止めないが、氷河がすこし心配そうにいう。
「アイザック..。最近、どうしたのかな..。」
「いろいろ考えるところがあるのだろう..。さあ、皿洗いを手伝ってくれ」
すると氷河はむくれて。
「なんで俺ばっかり!」
なんてぷうとまだ子供らしい紅い頬を膨らませて言う。
「きのうはアイザックの当番だったろう?すこしは彼にも時間をあげなさい。」
少年と青年の間を彷徨う年に入りかけ。
ほんの少しだけ、大人びて来たアイザックの表情に。
そして見上げる瞳の色に、何かを感じ無い程私も鈍感ではない。
思春期の、憧れと、慕情...そして...。
そう、それは悪いことではない。
憧れる事それ自体は。
要するに私が師として毅然としていればよい事なのだ。
九月ごろから、シベリアでは毎日毎日ブリザードが吹く。
本格的な冬がくると、外は立っているのも辛いありさまだ。
そんな折でも、ミロはほんの少しの時間を見つけては、欠かさず定期的にやってくる。
「もうすぐ俺の誕生日だからね...。」などといって。にっと笑う。
色のないこの世界に、ぱあっと光が射したみたいに私の心の芯も暖かくなり。
アイザックへの少しの懸念も...心配ない、思える気がした。
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---また、あいつだ。
と、アイザックは思う。
「...あなたの誕生日だからって、なにか関係があるんですか?」
とミロに答える俺の声色が自然に硬くなっているのがわかる。
「..いいじゃん。アイザック。ミロはカミュ先生の親友なんだし。...みろよ。
先生の嬉しそうな顔。」
そんな風に言う氷河の能天気さがなんだかいまいましい。そしてこんな事にあたるガキな自分も。
「今日は急ぐんだ。少ししか居られないけど」とミロは言って。
二人は暖炉の前で話をしていた。
俺はその二人の手が、何気なく握りあっているのを見てしまう。
静かなたわいもない会話の合間の目線。絡める手と手。
愛情や友情...と呼ぶにはあまりにも陳腐な。二人の硬い結びつきを感じて、俺は訳もなく苛つく。
すると、喋っていたカミュの頬がすこしだけ赤らみ、無言になる。
手を握ったミロの指先がカミュの手のひらのあわいをゆっくりと撫でていた。
カミュ、貴方は。それだけで...ただ、手を優しく撫でられているだけで。
愛撫されている高貴な獣の様に満足な顔をしている。
彼と居ると幸せなのですか。我が..師よ。
...俺は貴方にそんな顔をさせてあげられない。
少しだけ暗い想いを引きずりながら、俺は早々に寝付いたが。
夜中にふと目が覚めた。
ミロは、急いで帰る。と言った言葉どおり居なくなっていて。
暖炉も既に冷たかった。
代わりに、先生の部屋から、うっすらとナイトテーブルの光が漏れている。
その中から、なにか...虫の羽音のように唸るちいさな音が聞こえた。
なぜこんなにこそこそとしているのか、自分でも解らないが。
俺は静かに足音を立てないように先生の部屋に近づく。
見てはいけないもの。何故かそんな予感がするが、吸い寄せられるように静かにドアの隙間を覗くと。ベッドの上でまるで獣の様に這いつくばり。脚を開き右手で自分自身を慰めている師の姿があった。
しかも、あろう事に。その後孔には異物が...まるで...生きものの様に突きたっていた。
静脈が透き通るような白い躯に、絡む長く紅い髪。長く整った脚がこわばって伸び。
その髪がときおり、びくりと乱れてはさらさらと揺れる。
髪の合間から見えるルビーの瞳はなにかを希求するように虚空を彷徨う。
整った横顔は時に苦しげに眉根をよせ、切ない吐息を漏らす。
片方の手でベッド柵を掴んだ手はきつく握られた所為かことさらに白い。
自慰...というにはあまりにも美しくそれでいて官能的な光景。
もちろん俺だってたまにはそういう事もする。
だけど、それは欲望を放出させるだけの生理的な儀式だ。
つい身を乗り出してしまった俺は。かたり、とドアの音を立ててしまう。
その音にカミュの動きが..止まって。
さっと全身を覆うようにシーツを被った師は。
信じられない..とでもいう様に、ゆっくりと振り返る。
「アイザック...」
シーツを羽織って立ち上がった師は。
先ほどまでの痴態がまるで嘘だったかのように冷静に。
俺に見えないように隠しながら突き立てていた物体を静かに抜き。電源を消す。
だが、シーツの合間から長く伸びた脚から。
隠せない艶やかに滴る液体がぬるりとついた光景はあまりに淫猥で。
俺は...思わず目を逸らす。
師は静かに。そして少し済まなそうにこういう。
「アイザック。不愉快なものを見せてしまったな。すまなかった。
修行の妨げになってしまう。忘れろ。...いや..お願いだ、忘れてくれ...。」
言葉の最後の方は、絞り出すような懇願だった。
そんなこと..無理です。
貴方に「忘れろ」なんて命令されて忘れられるものじゃない。
今まで俺は、貴方を渇望し。憧れ。
貴方の躯を想像しては淫らな欲望で何度も達していた。
...そんな後ろめたさと。
目の前で見せつけられたあまりにも甘やかな誘うような躯。
自分の想像を遥かに超え、白く透けるような肢体を淫蕩にくねらせる貴方の姿。
それを忘れろと?...俺には、無理です。
どうしろというのですか。貴方は。
俺はぎりっと下唇を噛んで言う。
「カミュ。それがどんな行為かなんて俺だってもう知っています。
生理的な反応で当然の事だって言う事も...。
子供扱いしないで下さい。俺は先生がそういう行為をしても汚いとかそんな風には絶対思いません。」
カミュは奇麗なルビーの瞳で困ったような顔をして。俺を見ている。
「でも..貴方は誰かを思いながら、後ろも慰めていた...そうなんでしょう...」
更なる感情を見透かされ、びくりと、カミュの肩が震える。
その想う相手は当然のことながら自分ではなく。
多分あの鼻持ちならない金髪の親友だという事に絶望的な敗北感を感じながらも。
俺は激情に耐えられず感情を吐露してしまう。
「...カミュ、俺の気持ち。気がついていますよね?」
「だめ..だ。アイザック、いけない..。」
そう諭す言葉を無視して強引に近づき。
毟るように奪った唇は、信じられない程に熱かった。
初めて感じるその感触は俺にとってはあまりにも甘く、柔らかく。
暫し、ただじっと静かに唇をあわせる。
ただ、それだけで。
その優しい感触に、俺は泣きそうになる。
だが、師の細い腰を抱きしめ、むしゃぶりつき。
ただ、唇を合わせただけの俺に。
ルビーの瞳がふっと優しく笑って。
「アイザック...それだけでいいのか?」
とすこし悪戯っぽく問う。
そんな事を聞かれても俺には。
この先、どうしたらいいのかなんて解らない。
「そんなに唇を強く噛みしめずに、力を抜きなさい...。」
と、カミュは 低く囁き。するりと俺の口内に暖かい舌を滑り込ませる。
初めて感じる甘く柔らかい感触。慎重に俺の中を掻き回していく。熱い舌。
躯ごと蕩けてしまいそうなその感覚に夢中で師の口内を貪り、俺からもおずおずと舌を絡ませる。
恋い慕う人の口内がこんなに甘いなんて、その溢れる唾液さえ惜しいと思うなんて、そんなこと、知らなかった。
そのうち、カミュの舌は歯列をなぞり、上顎の内腔をなんどもなんども丁寧に舐め始め行き来する暖かい舌の感触だけで脊髄を駆け上がる甘い痺れが加速する。
丁寧な口内の愛撫だけで、躯が蕩けてしまいそうだった。
下肢の硬直が燃えるように痛い。
せ..んせ..い...おれ...もう----
屹立を服の上からほんの少し撫で擦られただけで、耐えきれず達してしまったのは。俺の方だった。
絡んだ唇をゆっくりと離すと。カミュは俺を抱きしめ、両手で頬を挟み。
かがみ込んで顔を覗きこみ優しくこういう。
「続きは...。大人になってからだな。」
俺は放心して。その胸にぎゅうと抱きつき。頬を寄せて涙を零しながら想いのたけをぶつけてしまう。
「先生、約束です。俺、絶対に、あなたに見合う男になりますから。
だから、だから、お願いですから。それまで見守っていて下さい。」
するとカミュは俺を抱え上げて、子供のときのように額にキスをし。
ベッドに運んでいってくれた。
何年ぶりだろうか、こんな事。
俺の頭を静かに撫でながら、カミュは言う。
「...アイザック。さあ、おやすみ。大事な...愛し子よ。」
やさしい言葉が夢か幻かわからないほどに遠くに聴こえ。
おれは緊張と興奮の糸が一気に切れて、そのまま深い眠りについた。
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ああ、そして。
今、俺は冷たい氷の海に居る。
---氷河は大丈夫だろうか。
徐々に深い海底に沈んでいく。
先生、なんだか、躯が重いんです。
左目の傷口からの出血が、水に滲む。
その赤い色のように俺の意識も薄らぎ始める。
赤...そうだ、貴方の奇麗な紅い髪をもう一度見たかった。
カミュ。
俺は、貴方に見合う男に
なれたでしょうか。
しずかな流氷の下で
遠い聖域にいる手の届かないあなたを想った。
FIN
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2010/11