まだ年端もいかぬ少年が、体中を傷だらけにして一歩一歩よろよろと十二宮の階段を登る。
 しかし力つき、石段の途中に身を投げ出すようにしてごろりと横になった。



------Baklava-----




 ちりちりと眩しい朝の太陽が、短い巻き毛の少年の頬を照らした時。
 同じように強いくせ毛の長髪の少年がその顔を覗き込んだ。
「おい、アイオリア。平気か? 朝飯あるから一緒に喰おう? 喰えるか?」
 ミロは肩を抱え、朝日に露になる痣だらけの同僚の躯を抱え上げる。
 兄を失ってから理不尽な暴力を受ける事が多くなったアイオリアを恥であると噂するものや、それを理由に酷い仕打ちを行うものも居たが、ミロは何も言わずに獅子宮に向かった。


--すこし寝ていたらしい、いや、気を失っていたのか--
 そんな事にはもう慣れっこになったアイオリアが軋む躯を起こすと、同い年の少年は既にテーブルに着きスプーンを抱えて待ちきれなさそうに文句をたれていた。
「せっかく天蠍宮から運んでもらった食事が冷めちゃうよ。お前寝すぎ、はやく喰おうぜ!」
 顔を洗って血と泥を落としたアイオリアが食卓に着くと、ミロはもうタラモサラダをパンに塗りたくり、ムサカにも手を伸ばしている。
「あ、お前ずるい! 俺もそれ好きなのに!」
「なにいってるんだ、お前が遅いからしょうがなく喰ってたんだよ!!」
 食事をとりあって食べながら、アイオリアはミロとの会話があまりにも自然で、しかもここ最近の自分が誰とも会話していなかった事に気がつき、すこし戸惑い、いたたまれなくなって下を向いてから言った。
「…今の俺なんかには最近だれも近寄らない、あるとしたら罵倒と嘲笑だけだ。お前は平気なのか?」
「何がだ。」
 すうと躯の芯が冷める。でも、こいつになら、と息を吐くように告白した。
「俺は…女神を弑した逆賊の弟と呼ばれている。」
 すると蒼い真剣な瞳がまっすぐに見返した。
「たしかに、そう言っている奴が居るのは知っている。でも、蠍座は真実を見据える星の元にある。何かがおかしいことぐらい、俺だって感づいているよ。そしてお前が関係ない事ぐらい。」
 そういってミロは水を一口含んでさらに言った。
「最近『声域にハンキを翻すものをトウバツせよ』なんていう命令があったんだ。だが、実際行ってみたら、違う神を信じる小さな集落だった。俺にはその人たちは無害に見えた。道案内してくれたおじさんは優しい人だった。でも、結局俺は任務を遂行した。解るだろう?村ごと殺戮して、屍体を積んだ山に火を燃やしたんだ。炎の中には道案内してくれたおじさんの靴があった、やりきれなかったよ。」
 そして、少しだけこどもらしい好戦的な瞳で続けた。
「お前がおかしい訳じゃない、この聖域全体が歪んでいるんだ。いつか、俺たちがもうすこし力をもったら、いつか....。」
 ミロがそこまで話したとき、天蠍宮の従者が暖かい飲み物と菓子をもってやって来た。

「お二人とも、食事はおわられましたか?」

 真面目な話をしていても、そこは10歳にやっと届いた少年同士、その言葉で話はそっちのけで立ち上がり「ごちそうさま!」と同時に叫んだ。
 そして交互に食後のココアとバクラヴァスを放り込む。
「うまい!!」
「あっちい!!」
 と、ひとしきりナッツの味の甘味に満足したあと、ミロが恥ずかしそうに告白した。
「…これ、昔お前の兄ちゃんにもらったバクラヴァスの味だ。」
「…俺、兄さんにこんな美味しいもん、もらった事無い。」
 と、アイオリアがぷうとふくれて不満そうにいうと、ミロが頭を下げて言った。
「ごめん、俺、実は二つもらったんだけど。美味しくて。お前にあげないで一人で食べちゃったんだ。いつかは忘れたけど....謝る、マジ謝るから!!」
 ずるいぞ!!と言ってゲンコを落としたミロの目は嬉しそうにきらきらと笑い、いつの間にか二人の間でのアイオロスの呼び名は「兄ちゃん」「兄さん」に変わっていた。
 だってそうじゃないか、俺たちを育ててくれた兄貴にそれ以外の呼び名があるだろうか?
 そう思ってアイオリアは、心の中でちいさく言った。
『誕生日おめでとう。兄さん。俺、なんだか元気にしているよ。だから、心配しないでくれよな。』





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2012/12 アイオリア誕