カミュには少し変わった性癖がある。
俺しか知らないと思うけれども、多分。
-----華氏1947.52 度------
勅命から帰ってきたある日、普段は無人の筈の天蠍宮にまるで当然のようにソファに座ってくつろぐ人影が俺を待っていた。
なんだかその日の任務は明らかな矛盾に充ちていて、どうにも心が乾いてやるせなくて、逢いたいな…なんて、ぼんやりとおもっていたところだったんだ。
たとえその人影が振り返らなくても、勝手に上がり込む相手が誰であるかなどと解りきっていて、人の居る気配に俺の心臓がとくん、と鳴り始める。
必要最小限の家具しかない古びた昔造りの部屋。窓際のいちばん気持ちよい風の通り道に、飴色のソファが陣取っている。横たわっているのは気に入って無理矢理散歩のついでに買わせた張本人だ、滑らかな革の質感を愉しむようにほんのりと染めた頬を摺り寄せてもたれかかり、紅い長い髪はさらさらと曼珠沙華の花のように流れをつくって落ちていた。その色彩は殺風景な部屋をぱっと明るくし、見知った姿に俺の鼓動はトレモロのリズムで踊る。
俺が居ない事を全く気にせず勝手に天蠍宮にあがりこみ、お気に入りの酒を勝手に飲んでいる人物がゆっくりとこちらを振り返り立ち上がった。その所作は優美な肉食獣じみていて、音も立てずに近寄りながらも手にもつスコッチグラスが夕日を反射して、揺れる琥珀色の液体越しに、お前は少しだけ、悪戯っぽいルビーのような瞳でこういう。
「おかえり。案外遅かったではないか、もうあらかた飲んでしまった。」
---おい、俺の秘蔵の---!
そう咎める間もなく。
「おかえり。」などという妙に優しい言葉に面食らって、すこしだけ出鼻をくじかれた俺の唇は、細い指先でそっと封じられた。漂うシングルモルトの香気と、柔らかく触れた人差し指に、おれのぼやきなんて奇麗に雲散してしまう。
そのまま、当然の権利のように、お前は俺の指のあわいを舐めはじめる。酔いしれたように瞼を閉じ、ただ舌先の感覚だけに集中し、柔らかな肉を這わせる濡れた口角からは、頬を伝わる唾液がつうと落ちて透明にひかり、火照る頚にじわりと浮かぶ汗がぽたりと落ちた。
シベリア育ちのこいつはめっぽうアルコールには強い筈で、滅多な事で顔になど出ないのだが、なんとなく上機嫌な様子にふと、あることに思いあたる。
---こいつ、俺が勅なことを知って待っていたな?
「point de fusion…。」
聖衣の金属に舌を這わせながら、くぐもった声で母国語を話すお前に、俺は思わず訊きかえす。
「Melting Point のことか?」
訊ねる俺の指をなおも蕩然と舐りながらお前は応える。
「ああ、そうだ。物質の融点。お前の技は瞬間的に黄金の融点を遥かに越えている。何故この聖衣が形状を保っているのかが不思議なぐらいだ。」
指に絡められる紅い舌は、まるで意思を持った小さな紅い蛇が何かを探索しているように、手のひらから指のあわいに移動し、再び人差し指の先端に戻る。
はは、くすぐったいよ。
うっとりとした表情で淫糜な舌戯に浸りながらも、お前の解説は続き。
すこしだけ伸ばして抱きしめようとした腕は、もう一つの手で押さえられた。
まだ今は講義の時間っていうわけなのかい? 俺のアクエリアス。
そうこうしている間に俺はなされるがまま冷たい床に横たわらされ、指以外のところも確かめるようにそっと静かに触れられていった。
それは不思議な感覚だ。聖衣は持ち主に同化する、だからまるで皮膚を舐られているかのようで、だが薄い布越しのようにもどかしく感覚が伝わってくる。埃臭い戦場にいたから金属の表面はざらついているはずなのだがときおりカミュは紅い爪だけでなく、舌先でもとても美味しいものを味わうかのように聖衣のパーツをその唇でねぶっては、ちいさな吐息を漏らす。
「ざらざらしないのか?」
と、訊ねても無言で頬を紅潮させ、かぶりをふるばかりで、恍惚とした表情を浮かべている瞳は何かの中毒患者のようだ。たぶん触られている俺も同じ表情をしているに違いない。しかし淫糜な遊戯とはうらはらに、お前の説明は淡々と続いている。
「…黄金の原子構造は立法体であり、原子発光スペクトルの整然とした配列は金の美しさそのものだ。また導電性が高く変質しないので最良の電気接点になる。黄金聖衣とは地球上の全てを集めても十八立法メートルにしか収まらないレアメタルと小宇宙による構成により成り立っている、これしきの事、当然ながら覚えているのだろうな?」
先生めかしてそんなことを言われても、羽のようにそっと触れられ、焦らされきって蕩けそうになっている俺の脳にはその言葉の半分も伝わらない。そういえばそんな事も教わったかもしれないな、でも実際のところ、まったく忘れてしまっていたよ。
しかも勝ち誇ったような顔をしやがって、くそ。こうして滔々と話す間にもお前の白い指先は俺の聖衣の胸元をすべり上げ、肩パーツを触り、紅い爪が尖端に触れると息を呑むような快感が走る。その生真面目過ぎる会話の内容とのあまりの乖離に俺は眩惑されたかのようになってしまう。
ただ感じるのは指先に触れる味蕾の暖かくざらざらとした感触と、見上げる瞳孔が、俺の聖衣を反射しているとろりとした紅い輝きだけ。するとふうっと息を吐いてお前は本当に気持ち佳さそうに目を細めながらこういう。
「お前が原子をかき乱した跡の聖衣は、激しくて熱くて気持ちが佳い。メルティングポイントを越えたスカーレットニードルの温度はゆうに千度以上、正確には華氏1947.52 以上だ。お前が原子をあやつる小宇宙の早さはあまりにも速い。あいにく私の技は、全く逆で意識的に水素と酸素の原子の動きを制御する術しかしらない。だからこうしてたまには金属原子の動きの波動を感じるのも非常に心地よいものなのだ。とくにお前は意識していないだろうが戦闘の跡の聖衣の原子運動は余りにも激しい。血と汗の匂いがしてお前の熱そのものが伝わって来るのだ。」
そういう瞳はひどく挑戦的な色香に充ちている。
アンタレスを打った熱量と原子運動が残っている?
だからって、で、なんで俺が床に倒されてこうなってるんだよ、こじつけっぽいな。と苦笑しながらも真剣なお前の瞳に魅せられて俺はなすがままだ。
「…簡単なところで説明すると、フーリエの公式を覚えているか? あれは非常に美しい波動の真理を公式にしたものなのだ。金の熱伝導率は3.2J/cm/秒。遷移元素は典型元素とは異なりd軌道あるいはf軌道が閉殻になっていない。軌道の外部にも分布する電子が多数存在するという性質は、金属結合に関与しうるf軌道電子が多いということを意味している。その多数の電子が結合力を増大させるため、遷移金属では典型元素金属に比べて融点が高いものが多く、とりうる酸化数も多数存在することになる…。」
その原理が簡単かどうかなんて、解らない。
でも、もう俺はお前のそんな話を黙って聴いていられなくなって、せっかくの説明の途中だけれども、そっと抑えられていた指を外し、起き上がって無理矢理に唇に噛み付く程のキスをした。動物じみて乱暴にむさぼったというのに、うっすらと血がにじんだ唇は婉然と綻び、理知的な瞳は妙に満足げだ。
お前、普段からそんなにもうっとりとした表情で弟子達に原子構造を説明しているのか? と、少しだけ大人びてきた思春期の弟子たちの顔を思い浮かべては俺の胸はすこしだけちりりと痛み、大人げない嫉妬をしている自分に苦笑する。
体勢が入れ替わると、すこしだけ熱を帯びた瞳でお前はこう云った。
「違うのは原子の動きを『意識して』操作しているか『無意識に』操作しているか、それだけの違いなのだ。おまえの小宇宙は原子の動きを加速する。火傷しそうなほどに熱い。」
はは、やっと俺が理解できる言葉が言えるようになったみたいだね。
「火傷、したいのか?」
すると挑戦的な瞳は『氷の聖闘士にそのような事ができるのか?』とでも言わんばかりに冷たく燃えて、促す赤い爪が俺のおとがいにあてられる。
「原子核を止める技を使い、寒い大地に生きる私だ。たまにはこんな激しいフレアに触れてみたい。」
そんな、色気も素っ気も無い返事。
だが、その裏の激しい欲情を俺は知っている。
そのころになるとお前の白い肌は紅を掃いたように火照ってきていて、いつのまにか自分だけ勝手に服を脱ぎ散らかしている。お前どれだけ飢えてるんだよ、ま、俺もだけど。
わき腹から細い腰にかけて上半身をアームパーツをつけた手ですうと撫でると、躯をわななかせながら身をよじる。とうに胸の尖りは固くなっているから指先でそっと触れるか触れないか撫でただけでもぴく、と躯が震えた。
金属の感触が心地よいのか、聖衣のままの俺に跨がって太ももや局部をさわられるのをカミュは好む。冷たく情欲を秘めた目に見つめられ、さんざんに火照った躯をなぶりあうのはとても愉しい、が、もうそろそろこっちも限界だ。
「くわえろよ。」
と躯を逆向きにし、自身を舐めさせると、すでに潤った唇に待っていたかのように優しく局所を吸い上げられ、快感がずん...と這い上がる。俺もまたお前の腰を支え、既にぷくりと透明な液体が滲み出しているつるりとした局部の先を舌を尖らせてちろちろと舐める、すると。
「ん---っ...。」
とくぐもった声を発しながら白い背が反りかえった。逃れようとくねる腰をがっちりと押さえてなおも刺激を与えていくと、お前の太ももから俺の聖衣までぬるぬるとした体液が溢れてぽたぽたと落ちる。敏感になった乳嘴と下肢の屹立を聖衣に擦り付けながら必死に馬乗りになるお前がいじらしく、その光景に目眩がした。その液体を指で広げ、後腔まで塗り広げると堪えていた声が一気に叫びのようになった。
なにが佳くてなにが嫌なのかもう解らないであろう泣くような喘ぎを聴きながら柘榴のような内腔を押し広げる。差し込んだ指先でこりりとした場所を捕まえ、指の腹で擦るたびに躯がびくびくと震えた。
「...おねがい...もう---。」
後孔の刺激だけで何度もちいさくいかせたあと、白魚のように跳ねる躯と懇願する声を愉しみながら、お互いの顔が見えるように今度はお前を下にして、深く口づけしながら一気に貫いた。そのうちに、自身を抉ろうとするものだからアーマーをつけた手で抑えると、それはそのまま拘束となり頭上に手が貼付けられた。
その体勢で何度も突き上げながら俺は意地悪な質問を問うてみる。
「…熱い、か?」
耳元で訊ねた返事は吐息と喘ぎに混じった声になるかならない程のもので、もう何を言っているのかすら解らない。だが快楽になりふり構わずかぶりを振り、涙を溜めた瞳に満足して、俺はお前の躯に一気に沈む。
こうして聖衣と体重のすべてをぐっと預けて肉の刀を割り入れるとき、お前は湿り気をふくんだ声をひときわたかくあげる、それがとても好きなんだ。
「ん、あ...つい...。」
楔を打ち付けられ震える背がぶるりと硬直した。言葉にならない喜悦の色にお前は喉をならす。『熱い。』と何度もこたえる唇はそれ以外のことばを忘れたかのように擦れた声をひっきりなしに出し、とろりとした瞳の焦点が虚空を彷徨う。
---なあ、そんな、顔をしてセンセイ、やってるわけ?
ちょっとした意地悪のつもりで、汗まみれの横顔に向かって言ってみた。
しかし、婉然と見上げる瞳は。一瞬だけ正気を取り戻したかのように穏やかに俺を強く見据えた、その色はあまりにも透き通っていて。
「お前だけだ」といっているようでもあり。
「だれにでもそうだ」と言っているようでもあり。
おれは歓喜と嫉妬でくらくらとする。
だから、どうしてもめちゃくちゃにしてやりたくなって、ぬるぬると滑る屹立の先を緩急をつけて激しくしごき追いつめた。返事も出来ない程に息があがり徐々に焦点が定まらなくなる紅い虹彩を見据えながら。
「…いけよ。」
とわざと耳介すれすれに低くつぶやくと、細い躯が一層大きく痙攣して悲鳴すらないまま激しく硬直し。内腔がきつく俺を締めあげた。
そんなお前のなかは蕩けるように熱いことを俺は既に識ってしまっている。
俺のメルティングポイント。
なあ、この熱は何度で元素の動きはどうなっているんだ?
教えてくれよ、センセイ。
了
2012/7
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